2013年3月26日火曜日

「コークの味は国ごとに違うべきか」(1):海外進出がなぜ必要か

+水谷穣

前表紙
既にいろいろな方々から紹介されている本です。このブログでも2回紹介しました。海外進出に必要なことを考える上での具体的な手法を紹介している本なので、第一回投稿で予告した「そもそも自社にとって海外展開がなぜ必要なのか?」を明確にするステップとして改めて紹介させてもらいます。紹介する量が多いので、複数回に分けて投稿する予定です。

この本のメッセージ

  • セミグローバルな環境:国境を跨いだ環境には、共通部分と違う部分が存在している
  •  具体的にどうなっているのか明らかにするには国+業界単位での分析が必要。環境分析は、CAGE(後述)の4つの切り口で行う必要がある。
  •  セミグローバルな環境であることを前提にし、6要素からなるADDING価値スコアカード(後述)を作成することで、「自社にとってなぜ海外展開が必要か?」を客観的に把握することが必要。
  •  把握した価値を実現する戦略としては3つ。 1)適応、2)集約 3)裁定 これ等の戦略から、自社の比較優位となる基盤としてどれか一つを選択する。
  •  3つの戦略全てを実施することは、複雑さが増しやりきる事に大きな困難が伴うため得策ではない。多くても2つの複合形にとどめる。
  • 本書は、基本的には既に海外展開をある程度進めているが、期待通りの成果が生み出せていない企業向けに書かれている。

セミグローバルな環境


12章ではウォルマート、コカ・コーラなどの分析内容がしめされています。クロスボーダーでのビジネスを、全世界同じ手法・アプローチが通用する前提に立って行う危険性について説いています。本国でうまくいったやり方をそのまま海外で行っても結果は出ないこと2つの事例から提示しています。

その一つとして、ウォルマートの業績は本拠地からの距離に比例して悪くなるとの分析結果が2P63に紹介されています。ここでは、物理的な距離の差に加えて下記に紹介しているCAGEの分析も加えています。
余談ですが、私の独自分析では日本企業の多くが国内利益に依存している結果が出ています。これは、日本の製造業の海外での収益率が低いためです。この状況は、製品を商品として売る仕掛け作りが特に不得手な日本企業だけの状況なのかと思っていました。しかし、仕掛け作りが得意なはずの米国企業ウォルマートでも本国との総合的な差異がある場所では業績が芳しくないという事実を考えると、仕掛けを造っただけでは不十分で更に国ごとの差異に対応する必要があると言えます。

下のグラフは、上述した日本企業の分析です。横軸が日本国内売り上げのグローバルな売り上げに対する比率、縦軸が利益の貢献度で1を超えると海外収益の貢献度が国内のそれを上回っている事になります。多くの企業が利益貢献度1以下、売上比率50%以上なのが見て取れます。シャープの利益貢献度が3と高いのは、国内の営業利益が0.6%と低いためであり、決してクロスボーダーでの業績が良いわけではありません。

日本の製造業海外利益貢献度分析
日本の製造業 海外利益貢献度分析


このグラフから国内外の名だたる企業群でも、海外事業で収益を上げることが難しい事が認識できると思います。

CAGE差異分析の手法


上述の地理的な違い:Geographical以外に、文化的な隔たり:Culture、制度的な隔たり:Administrative、経済的な隔たり:Economicの4つの頭文字をとったのがCAGEの枠組みです。P73 表2-1

この分析を行う際には、業種レベルで行う事を著者は勧めています。何故なら、業種によりそれぞれの隔たりから受ける影響力に対する感応度が違うからです。


業種レベルでのCAGEの枠組み
業種レベルでのCAGEの枠組み:感応度係数(カッコ内は事例)



更に参入者としての負荷が、それぞれの差異によって生み出されるかを分析することで、客観的に海外市場での自分たちのボジショニング、補正され市場規模、それぞれの市場の共通点を把握することができるようになります。P95に業種レベルでの分析例が提示されています。

業種共通なものの例として「社会的なつながり、ネットワークの不足」が挙げられています。最初の投稿にも書きましたが、海外進出≒事情が分からない場所での起業という見方をすると、かならず直面する差異です。余談ですが、日本企業がとりがちな解決方法として、現地の事情をよく知っている(と思われる)人間を採用するか顧問として迎え入れる事をします。これが原因で大きな被害をこうむった例は、枚挙にいとまがありません。基盤がある程度できている日本と違って、海外進出時には個人に依存した方策はリスク対応にほとんどならない事を認識すべきです。

日本企業に特有の追加すべき点


この部分は、私見です。
海外拠点で活動されている方々とお話をしていると、日本は独特の文化を持っていると皆さんよく仰います。ところが、その独特な文化から生み出された知見を相手に伝える仕掛けを、海外展開する際に会社として用意している企業は、経験から申し上げるとほとんどありません。駐在員として派遣された個人の能力に依存しているのが一般的です。特別にコミュニケーション能力に秀でた方以外は、会社としてやるべきことが伝わらないと悩みます。そして、自分が期待した行動様式を取らない理由を進出先の現地スタッフが無能であるからと決めつけてしまう。これでは、組織として機能せず業績が良くならないのも当然の結果です。

欧米の文化では、コミュニケーションの責任は発信側にあると言われています。感覚的には、アジア圏でも同様だと思います。またアメリカでは、移民を大量に受け入れているために、様々な文化を持った人々が会社にいることが普通になっています。そのために、ある程度以上の規模の会社では、業務を標準化しそれをマニュアルとして記述することで、組織を運営する仕組みを持つ必要が国内でも生まれてきます。従って海外に展開する際にも、この仕組みをもっていく事は彼らにとって当たり前のことです。

一方日本では、コミュニケーションの責任は受信側にあります。このために、日本企業の管理職は、部下に対して5W1Hを踏まえて明確に自分が思っていることを伝えることが上手でない人が大多数だと思います。元々母国語でさえ難しい事を外国語で行った結果が良くないのは当然のことです。この状況に対応するためには、事業展開を行うのに必要な最低限の仕掛けを用意する必要があると思います。ここでいう仕掛けは、必ずしもITシステムのことではなく、ビジネスを成功させるうえで自社にとってはどうしても必要なもの全般を言っています。

具体的な仕掛けの内容は企業ごとに違いますが、共通して不足しているものについては別途投稿の予定なので、今回は割愛します。基本的なスタンスとして、ただでさえリスクが大きい海外進出を成功させるためには、CAGEの差異からくる1)リスクを明確化し 2)その対応策を事前に準備することが重要です。加えて、日本企業が海外展開を成功させるためには、背景の違う人々に、「何を」「なぜ」「いつまでに」「どうやって」「誰が」やってもらいたいかを伝える仕掛けを準備することが特に重要です。

ADDING価値スコアカード


3章では冒頭でふれた「なぜ海外展開・グローバル化が必要なのか?」を明らかにする手法を紹介しています。
結論から言うと、厳密な分析を経て6つの切り口での価値創造がその企業にとって見込めると判断できるなら、この企業にとって海外展開は必要という事になります。

Adding volume or growth;販売数量の増加または伸び率の向上を実現できるか
Decreasing cost;費用の削減が達成できるか
Differentiating or increasing willingness-to-pay;差別化または顧客の購買意思価格をあげることができるか
Improving industry attractiveness or bargaining power;業界としてのマージンまたは価格交渉力を上げることができるか
Normalizing (or optimizing) risk;リスクを平準化(または最適化)できるか
Generating knowledge (and other resources and capabilities):知識(その他のリソース、能力)を作り出すことができるか

6つの要素それぞれに、次のような分析を加えます。P135にADDING価値スコアカードの応用としてまとめられている表の抜粋をご覧下さい。

ADDING価値スコアカードの応用(抜粋)


詳細な説明の例として、「規模又は範囲の経済の強さを測定する:P132」を抜粋します

明らかに、規模または範囲の経済がどこにあってどれだけの効力を持つかは非常に重要である。1990年代後半に、家電大手のワールプール(第四章参照)は世界中で提供していた商品の品数を半分に減らそうとしたが、すぐに撤回した。家電業界の規模の経済が限定的であることを考えると、この戦略によって削減できるコストは売上高の二%にすぎず、戦略の実行に当たり、隔たりという障害の乗り越えるには十分ではなかったからだ。対照的に自動車メーカーの商品の品数を減らすという戦略が成功してきたのは、ワールプールが模倣しようとした自動車産業界の規模に対する感応度が家電業界よりもずっと高いためであった。

ここに記述されているように、差異を乗り越える方策を考えるということは、自らのビジネスモデル=儲け方のポイントがどこにあるかを再認識することでもあります。この作業を通して、国内のビジネスを見直すことも「なぜ海外進出が必用か?」を明確にする大事なステップの一つです。

海外の事業は、物理的に離れていることもあり現場の皮膚感覚を持つことがかなり難しいと進出された企業の方々は言われています。これを補完するための可視化ツールを用意する事は必要ではあります。それ以前に、自社のビジネスモデルがCAGEの差異の中で効果を出すためのフレームワーク作りが重要になります。

次回は、2部に書かれている差異を乗り越えて成功するための戦略についてご紹介します。

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