前回までで、事業環境の枠組みとしてのCAGE、ADDING価値スコアカード、基本的な戦略として「適応」「集約」「裁定」についての述べている1章から6章までを紹介してきました。今回は、それを自社の戦略に取り入れる際のアプローチを記述している7章の内容を紹介します。
“20世紀終盤の多国籍企業と100年前の国際的企業には共通点がほとんどない。いずれも、1700年代の大貿易会社と大いに異なっている。現在出現しつつあるタイプのビジネス組織、つまりグローバルに統合された企業組織は、今まさに急激な進化を遂げようとしている。 サム・バルサミーノ IBM会長兼最高経営責任者 The Globally integrated Enterprise(2006)”
これは7章の冒頭に引用されている内容です。教授はこの引用を、企業の戦略が市場の拡大としてのグローバライゼーションに加え、生産のグローバライゼーションに注意が向けられ始めている事の証としています。
グローバル戦略の再検討
右図は、市場のグローバライゼーションでの戦略的課題とそれに生産のグローバライゼーションが加わってもたらした戦略的課題を比較したものです。この図を見てわかるように、市場のグローバライゼーションが主な戦略の場合には、適応するか集約するかの二元論的選択だったのが、生産のグローバライゼーションも考慮する場合にはAAAトライアングルのなかでどうバランスを取っていくかの選択になってきています。
これは、単に選択肢が増えたと言う事だけではなく、組織運営、配置、企業文化、管理などの様々な分野で選択する必要性が出てきたと言う事でもあります。
次の表は三つのAAA戦略間の違いをまとめたものです。
AAA戦略の間の違い |
三つのAの最も本質的な特徴は、国境を越えた事業活動によって複数の要因に基づくプラス面を追及するという点と、それに関連して、それぞれの戦略を実行するうえで最適な組織体系が存在するという事です。2つの戦略≒形態であれば、マトリクス組織等で対応することが可能でが、3つの形態を同時に取ることはありえないということが前提にあります。
結果、企業がグローバル戦略を考えるとき、どのAを重視し、差異を操る戦略を選ぶかを決める必要が出てきます。AAA戦略の活用を考えた時に、組み合わせでレベル0からレベル3までが考えられます。
レベル0:AAAの認識
レベル0は言ってみれば活用するための準備段階です。それぞれのA戦略を理解し、自社が
グローバル戦略のツール(簡易版) |
本拠地による偏りも多いようです。アメリカ企業は適応を選好することが少なかったり、中国やインドの優良企業は裁定を得意とすることが多いそうです。日本企業の例はここでは挙げられていないが、新興国にまず生産拠点を設置するパターンからいうと裁定を得意としているといえそうです。
教授はAAAトライアングルを使ってのグローバリゼーション・スコアカードを作成することを薦めています。本では金融サービス会社の例が出ています。内容的にあまりピンとこないので、レベル1で紹介する具体的なKPIを使った分析と、いくつかの会社のグローバル戦略変遷を見た方が理解しやすいと思います。
レベル1:一つのA戦略
上に掲載した表「AAA戦略の違い」にみられるようにそれぞれの戦略に多様性があるために、企業はどれを採用するかに優先順位をつける必要があります。教授の分析によると本拠地以外で収益を上げている企業の大半は、三つのA戦略のいずれかを重視することによって成功しているそうです。特にこれから海外進出を行おうとする企業は、特定の戦略に必要となる経営資源や能力を分散させないためにも、AAA戦略のどれかに的を絞るか決める必要があります。的を決める分析の枠組みとしてもAAAトライアングルは活用できます。
その具体的な方法が一つ314ページ~315ページに紹介されています。
その方法とは、業界又は企業がどの分野に資金をつぎ込んでいるかを測定し、それを三つのAによる改善の余地をあらわす代理変数に使う事ができます。宣伝広告費の対売上高費が高い場合には適応、研究開発費が高い場合は集約、そして労働費用が高い場合は(労働の)裁定が重要であると言えるようです。
“広告宣伝費の売上に対する割合と、研究開発費の売上に対する割合は、多国籍企業で最も優れた指標である。広告における規模の経済が基本的には今も現地または地域レベルで追及されているのに対し、研究開発はグローバルな規模または範囲の経済で特徴づけられている。したがって、広告費の売上高に対する割合は、現地の反応を重視する適応と密接に関係があり、研究開発費の売上高に対する割合は、国際的な規模または範囲の経済を重視する集約と密接に関係がある。更に、労働費用の売上高に対する割合は、労働の裁定の見込みに代わるものである。ただし、裁定は単純な労働コストだけでなくもっと広い範囲にわたる国内外の差異を網羅する。たとえば、様々な面で最大のグローバル企業である、とある石油会社は、全世界で事業を展開し、原材料価格の差異を利用している。”
業界全体の支出の大きさ分析例 |
中小企業にとって広告宣伝費及び研究開発費は相対的に低いと思われます。ただ、クロスボーダー戦略を考える上でどの側面を優先するかの判断を客観的に行うことが分析の目的であることを考えると、この二つの指標に関しては業界でのリーディング企業がどの状況なのかを分析することで、その業界のビジネスモデルが客観的に評価できると思います。
レベル2:複合AA戦略
「純粋な」A戦略は、明快ではありますが実際にグローバルに展開し、かつ成功している企業では二つのAを追及していることが多いようです。前述したように、従来の市場のグローバリゼーションに焦点を当てる考え方では適応と集約のどちらか一つに戦略の選択は限られていました。現在の環境では、生産のグローバリゼーションも考慮する必要があり、それをモデル化したものがAAAトライアングルです。このトライアングルの三辺に対応するAA戦略は、それぞれのトレードオフの背後にある共通の要素を重視することが従来の考え方との違いになります。適応と集約の場合は類似点、適応と最低の場合は差異または多様性、裁定と集約の場合はクロスボーダー統合がそれにあたります。
また、AA戦略を取ることで選択肢は三通りから六通りになります。AA戦略の野心的な目標をどうやって達成すればよいかを調べるために最先端企業の事例が四つ紹介されています。ここでは、7章のタイトルになっているIBMを紹介します。
“IBMの事例
IBMがこれまで取ってきたのはほとんど適応戦略であり、ターゲットとする国でそれぞれミニIBMを設立して海外市場でサービスを提供してきた。・・・しかし、最近のIBMは国ごとの差異を活用し始めた。裁定(同社のトップはこの言葉を使っていないが)に注目した兆しとして最近最も顕著なのは、賃金の差異を利用して、新興国の社員の三倍以上に増やし(特にインドではこの期間に従業員数が一万人から五万人に増加した)新興国で大幅な拡大を図ったことだ。新しい従業員のほとんどは、IBMグローバル・サービシズ注)というグループ会社に所属している。この会社は急拡大しているが、マージンがIBM関連会社の中では非常に低く、価格引き上げよりもコスト削減という観点で貢献することになっている。したがって、IBMは集約と裁定の戦略を追及している。適応は特に市場に直面した活動では引き続き重要であるが、従来ほどは重視されていない“
筆者注)グローバル・サービス部門は、さらに2つの部門からなる。コンサルティングやシステム・インテグレーション、CRM(顧客関係管理)などのソフト提供、財務、人事業務のアウトソーシングを請け負うIBMグローバル・ビジネス・サービスと、サーバーやストレージなどのインフラを提供するIBMグローバル・テクノロジー・サービスである。(DIAMOND 「日本の電機メーカーも見習いたい!IBMが挑んだビジネスモデルの創造的破壊」より。)にあるようにBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)を担当する部隊がこれにあたると思われる。
レベル3:三連単AAA戦略
“最後に、適応、集約、裁定と全ての戦略で競争相手に勝とうとする企業を考えてみよう。この形で成功するのは不可能ではないがまれである。上述の表「AAA戦略の違い」でしめした緊張が少ないか、規模の経済あるいは構造上の優位によって課題を克服できるか、または競争相手が制約を受けている場合にみられることが多い(つまりこうした要素が無いと難しい)”
これを追及した例として医療用画像診断装置メーカーGEヘルスケアが322ページにあげられています。これと併せて同じ業界のビッグスリーのうち最も小さいフィリップス・メディカル・システムズの戦略を評価するうえで売上に対する、広告宣伝費、研究開発費、労働費用をそれぞれ適応、集約、裁定の代理変数に使うAAAトライアングルの適応例を328ページから332ページに紹介しています。
組織の三原則
グローバル戦略の多様性、その中から戦略を選ぶためのツールや具体的な原則を紹介してきました。これを実施する組織を作るための三原則を最後に紹介しています。それぞれの記述内容が限られているため、教授の意図していることが分かりにくいのですが、簡単に紹介します。
協調を広げること
最前線の多国籍企業は、本社による経営資源の配分と国別事業のモニタリングを重視するという従来の協調に加え、国境を越えた協調が進んでおり、組織の壁を乗り越えた協調がよく機能しているそうです。
新しい協調メカニズムを作る事
協調を効率的に拡大するためには、新しい協調メカニズムを開発するのが大きな後押しとなる場合が多いとし、例として、IBMの「案件のハブ」コグニサントの「一案件二責任者」方式GEの「ピッチャー・キャッチャー」コンセプトなどが例として挙げられています。
国境を越えた組織がそれぞれ積極的に協調するために情報ハブを設けたり、案件に関与するそれぞれの組織両方の責任者を明確化する、コミュニケーションの役割分担などを明確にするなどのことと私は理解しました。
検討課題を発展させること
複雑なグローバル企業における最適な組織の作り方を編み出せた人はいないと教授は言います。このため組織運営に於いてある程度の試行錯誤は必要であり、また進化の過程においては力点を適宜変化させる必要がある様です。
今回は、三回にわたって紹介してきた三つの戦略を具体的にどのように組み合わせるかの考え方と事例を紹介しました。基本的な枠組みは、紹介した通りですが実際に企業がどのような組織を作り、どのような戦略を実行するかは一意には決まらないと思われます。ポイントは、ステレオタイプな考えにとらわれず、置かれている環境を客観的に分析し自社にとって有効な戦略を策定し、PDCAサイクルを回し続けることです。
次回は、本書全体のまとめである八章「世界で成功するための5つのステップ」を紹介します。
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