2013年4月28日日曜日

IBMはなぜ新興国で社員を3倍にしたか - コークの味は国ごとに違うべきかから

+水谷穣
 

前回までで、事業環境の枠組みとしてのCAGE、ADDING価値スコアカード、基本的な戦略として「適応」「集約」「裁定」についての述べている1章から6章までを紹介してきました。今回は、それを自社の戦略に取り入れる際のアプローチを記述している7章の内容を紹介します。

20世紀終盤の多国籍企業と100年前の国際的企業には共通点がほとんどない。いずれも、1700年代の大貿易会社と大いに異なっている。現在出現しつつあるタイプのビジネス組織、つまりグローバルに統合された企業組織は、今まさに急激な進化を遂げようとしている。 サム・バルサミーノ IBM会長兼最高経営責任者 The Globally integrated Enterprise(2006)”

これは7章の冒頭に引用されている内容です。教授はこの引用を、企業の戦略が市場の拡大としてのグローバライゼーションに加え、生産のグローバライゼーションに注意が向けられ始めている事の証としています。

グローバル戦略の再検討


市場と生産のグローバリゼーション右図は、市場のグローバライゼーションでの戦略的課題とそれに生産のグローバライゼーションが加わってもたらした戦略的課題を比較したものです。この図を見てわかるように、市場のグローバライゼーションが主な戦略の場合には、適応するか集約するかの二元論的選択だったのが、生産のグローバライゼーションも考慮する場合にはAAAトライアングルのなかでどうバランスを取っていくかの選択になってきています。
これは、単に選択肢が増えたと言う事だけではなく、組織運営、配置、企業文化、管理などの様々な分野で選択する必要性が出てきたと言う事でもあります。

次の表は三つのAAA戦略間の違いをまとめたものです。

AAA戦略の間の違い
AAA戦略の間の違い
三つのAの最も本質的な特徴は、国境を越えた事業活動によって複数の要因に基づくプラス面を追及するという点と、それに関連して、それぞれの戦略を実行するうえで最適な組織体系が存在するという事です。2つの戦略≒形態であれば、マトリクス組織等で対応することが可能でが、3つの形態を同時に取ることはありえないということが前提にあります。

結果、企業がグローバル戦略を考えるとき、どのAを重視し、差異を操る戦略を選ぶかを決める必要が出てきます。AAA戦略の活用を考えた時に、組み合わせでレベル0からレベル3までが考えられます。

レベル0:AAAの認識


レベル0は言ってみれば活用するための準備段階です。それぞれのA戦略を理解し、自社が
グローバル戦略のツール(簡易版)
グローバル戦略のツール(簡易版)
追及する全ての戦略目標と、それを達成するためのツール、補助ツールがどの様に活用できるかを検討する事を薦めています。失敗例として挙げているのが、国内でやってきたのと同じやり方で海外でも事業を展開しようと試み、ある程度の適応も必要だと思い知るころには巨額の損失を積み上げていたり、裁定を利用しようというのが海外進出の目的でない限り、裁定機会には早い段階で見向きもしなくなる例です。

本拠地による偏りも多いようです。アメリカ企業は適応を選好することが少なかったり、中国やインドの優良企業は裁定を得意とすることが多いそうです。日本企業の例はここでは挙げられていないが、新興国にまず生産拠点を設置するパターンからいうと裁定を得意としているといえそうです。

教授はAAAトライアングルを使ってのグローバリゼーション・スコアカードを作成することを薦めています。本では金融サービス会社の例が出ています。内容的にあまりピンとこないので、レベル1で紹介する具体的なKPIを使った分析と、いくつかの会社のグローバル戦略変遷を見た方が理解しやすいと思います。

レベル1:一つのA戦略


上に掲載した表「AAA戦略の違い」にみられるようにそれぞれの戦略に多様性があるために、企業はどれを採用するかに優先順位をつける必要があります。教授の分析によると本拠地以外で収益を上げている企業の大半は、三つのA戦略のいずれかを重視することによって成功しているそうです。特にこれから海外進出を行おうとする企業は、特定の戦略に必要となる経営資源や能力を分散させないためにも、AAA戦略のどれかに的を絞るか決める必要があります。的を決める分析の枠組みとしてもAAAトライアングルは活用できます。

その具体的な方法が一つ314ページ~315ページに紹介されています。
その方法とは、業界又は企業がどの分野に資金をつぎ込んでいるかを測定し、それを三つのAによる改善の余地をあらわす代理変数に使う事ができます。宣伝広告費の対売上高費が高い場合には適応、研究開発費が高い場合は集約、そして労働費用が高い場合は(労働の)裁定が重要であると言えるようです。

“広告宣伝費の売上に対する割合と、研究開発費の売上に対する割合は、多国籍企業で最も優れた指標である。広告における規模の経済が基本的には今も現地または地域レベルで追及されているのに対し、研究開発はグローバルな規模または範囲の経済で特徴づけられている。したがって、広告費の売上高に対する割合は、現地の反応を重視する適応と密接に関係があり、研究開発費の売上高に対する割合は、国際的な規模または範囲の経済を重視する集約と密接に関係がある。更に、労働費用の売上高に対する割合は、労働の裁定の見込みに代わるものである。ただし、裁定は単純な労働コストだけでなくもっと広い範囲にわたる国内外の差異を網羅する。たとえば、様々な面で最大のグローバル企業である、とある石油会社は、全世界で事業を展開し、原材料価格の差異を利用している。”

業界全体の支出の大きさ分析例
業界全体の支出の大きさ分析例
中小企業にとって広告宣伝費及び研究開発費は相対的に低いと思われます。ただ、クロスボーダー戦略を考える上でどの側面を優先するかの判断を客観的に行うことが分析の目的であることを考えると、この二つの指標に関しては業界でのリーディング企業がどの状況なのかを分析することで、その業界のビジネスモデルが客観的に評価できると思います。

レベル2:複合AA戦略


「純粋な」A戦略は、明快ではありますが実際にグローバルに展開し、かつ成功している企業では二つのAを追及していることが多いようです。前述したように、従来の市場のグローバリゼーションに焦点を当てる考え方では適応と集約のどちらか一つに戦略の選択は限られていました。現在の環境では、生産のグローバリゼーションも考慮する必要があり、それをモデル化したものがAAAトライアングルです。このトライアングルの三辺に対応するAA戦略は、それぞれのトレードオフの背後にある共通の要素を重視することが従来の考え方との違いになります。適応と集約の場合は類似点、適応と最低の場合は差異または多様性、裁定と集約の場合はクロスボーダー統合がそれにあたります。

また、AA戦略を取ることで選択肢は三通りから六通りになります。AA戦略の野心的な目標をどうやって達成すればよいかを調べるために最先端企業の事例が四つ紹介されています。ここでは、7章のタイトルになっているIBMを紹介します。

“IBMの事例
IBMがこれまで取ってきたのはほとんど適応戦略であり、ターゲットとする国でそれぞれミニIBMを設立して海外市場でサービスを提供してきた。・・・しかし、最近のIBMは国ごとの差異を活用し始めた。裁定(同社のトップはこの言葉を使っていないが)に注目した兆しとして最近最も顕著なのは、賃金の差異を利用して、新興国の社員の三倍以上に増やし(特にインドではこの期間に従業員数が一万人から五万人に増加した)新興国で大幅な拡大を図ったことだ。新しい従業員のほとんどは、IBMグローバル・サービシズ注)というグループ会社に所属している。この会社は急拡大しているが、マージンがIBM関連会社の中では非常に低く、価格引き上げよりもコスト削減という観点で貢献することになっている。したがって、IBMは集約と裁定の戦略を追及している。適応は特に市場に直面した活動では引き続き重要であるが、従来ほどは重視されていない“

筆者注)グローバル・サービス部門は、さらに2つの部門からなる。コンサルティングやシステム・インテグレーション、CRM(顧客関係管理)などのソフト提供、財務、人事業務のアウトソーシングを請け負うIBMグローバル・ビジネス・サービスと、サーバーやストレージなどのインフラを提供するIBMグローバル・テクノロジー・サービスである。(DIAMOND 「日本の電機メーカーも見習いたい!IBMが挑んだビジネスモデルの創造的破壊」より。)にあるようにBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)を担当する部隊がこれにあたると思われる。

レベル3:三連単AAA戦略


“最後に、適応、集約、裁定と全ての戦略で競争相手に勝とうとする企業を考えてみよう。この形で成功するのは不可能ではないがまれである。上述の表「AAA戦略の違い」でしめした緊張が少ないか、規模の経済あるいは構造上の優位によって課題を克服できるか、または競争相手が制約を受けている場合にみられることが多い(つまりこうした要素が無いと難しい)”

これを追及した例として医療用画像診断装置メーカーGEヘルスケアが322ページにあげられています。これと併せて同じ業界のビッグスリーのうち最も小さいフィリップス・メディカル・システムズの戦略を評価するうえで売上に対する、広告宣伝費、研究開発費、労働費用をそれぞれ適応、集約、裁定の代理変数に使うAAAトライアングルの適応例を328ページから332ページに紹介しています。

組織の三原則


グローバル戦略の多様性、その中から戦略を選ぶためのツールや具体的な原則を紹介してきました。これを実施する組織を作るための三原則を最後に紹介しています。それぞれの記述内容が限られているため、教授の意図していることが分かりにくいのですが、簡単に紹介します。

協調を広げること


最前線の多国籍企業は、本社による経営資源の配分と国別事業のモニタリングを重視するという従来の協調に加え、国境を越えた協調が進んでおり、組織の壁を乗り越えた協調がよく機能しているそうです。

新しい協調メカニズムを作る事


協調を効率的に拡大するためには、新しい協調メカニズムを開発するのが大きな後押しとなる場合が多いとし、例として、IBMの「案件のハブ」コグニサントの「一案件二責任者」方式GEの「ピッチャー・キャッチャー」コンセプトなどが例として挙げられています。

国境を越えた組織がそれぞれ積極的に協調するために情報ハブを設けたり、案件に関与するそれぞれの組織両方の責任者を明確化する、コミュニケーションの役割分担などを明確にするなどのことと私は理解しました。

検討課題を発展させること


複雑なグローバル企業における最適な組織の作り方を編み出せた人はいないと教授は言います。このため組織運営に於いてある程度の試行錯誤は必要であり、また進化の過程においては力点を適宜変化させる必要がある様です。

今回は、三回にわたって紹介してきた三つの戦略を具体的にどのように組み合わせるかの考え方と事例を紹介しました。基本的な枠組みは、紹介した通りですが実際に企業がどのような組織を作り、どのような戦略を実行するかは一意には決まらないと思われます。ポイントは、ステレオタイプな考えにとらわれず、置かれている環境を客観的に分析し自社にとって有効な戦略を策定し、PDCAサイクルを回し続けることです。

次回は、本書全体のまとめである八章「世界で成功するための5つのステップ」を紹介します。



2013年4月19日金曜日

8000人以上のアジア人財へのアンケート結果に基づくアジアにおける企業の国別人気度調査から

先日お会いした方から、この調査内容を教えて頂きました。

東南アジア+インド8か国にインターネット求人サイトを運営するジョブストリートが行なった地域内のホワイトカラーに対して企業の人気を調査した結果を資料にまとめたものです。2008年、2010年に引き続き3回目とのことです。

海外進出を計画・実行されている企業にとって、人財をいかに確保するかは常について回る課題です。よく聞かれるなやみは、「すぐ辞める」「パフォーマンスが悪い」などですが、これ等の悩みを解決するうえで、非常に示唆に富んだ内容だと思うので、紹介します。

なお、こちらに掲載したグラフ、表はジョブストリート・アセアンビジネスコンサルティング株式会社 より頂いた資料を基に切り貼りし許可を得て掲載します。

調査の概要


2012年8月1日~15日にかけて、ジョブストリートに登録するマレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、タイ、インドのホワイトカラー及びキャリアインターナショナル社に登録する中国のホワイトカラーを対象に調査、回答した8,294人について集計。

アジアにおける企業の国別人気度調査の概要


どの国の企業で働きたいか


企業の国籍別人気度最も人気度が高かったのは、アメリカ企業。「是非とも働きたい」「機会があれば働きたい」を合わせて83.1%になっている。3位に地元企業が入り、日本企業は6位となっている。居住している国別のランキングでは、インドネシアを除きアメリカが全ての国でトップになっている。

インドネシアでは、地元企業が1位になっていることと、シンガポールでは日本を含めたアジアの国々は欧米、シンガポールより下位に位置づけられている。

この辺りは、国民性、教育事情が反映されているようです。


日本企業に対する居住国別人気度ランキング


日本企業にフォーカスしてみると、最も日本企業に対するイメージが良いのは、タイ。その後、フィリピン、インド、インドネシアが続いている。
居住国別日本企業人気度ランキング

私見ですが、マレーシアはLook East政策を以前取っていたのに加え、現在でも毎年数百人単位の日本への留学生がおり、比較的親日度は高いと思います。やはり製造業の生産拠点のプレゼンスが低下している影響があるのかもしれません。一方タイでのイメージが良いのは、タイそのものが自動車生産拠点としての地位を確保し、国産OEMがそれぞれ拠点を構えているのに加え、2nd、場合によっては3rd Tierが進出しているため、プレゼンスがそれなりにある事の影響と考えられます。


とくに印象に残った企業


ここからが、興味深い調査内容です。

実際に勤務してみて特に印象に残った企業の国籍を聞いてみたところ、日本企業は、アメリカ・地元に続き3位を占めている。地元企業、アメリカ企業勤務は数が多いため、これを勤務した者のうち印象に残ったとする者の割合を出すと日本企業はアメリカに次いで2位になり、その勤務者に強い印象を与えてるといえる。

持っている印象がどのようなものかへの回答は70数%の人が日本企業にポジティブな印象を持っている。

外国人にとって日本企業の印象例ただ、その内容を見てみると左図の内容になっている。

自由記述で数は多くないと思われますが、ネガティブな印象の中には左の図に示されるようにかなり辛辣なものが見受けられます。

一方アメリカ企業のポジティブな印象は、次のようになっている。

□ 成長の機会が与えられる
□ 給与・手当てが良い
□ 従業員に対するケア
□ ワークライフバランスが良い
□ 日本企業ほど厳密なルールが無く、フレキシブルである

記事からはアメリカ企業へのポジティブな印象がどの程度のボリュームなのか読み取れません。ただ、日本企業の現地法人社長の日本人比率がアジアにおいては80%を超えている事*1)、日本企業には「成長の機会が与えられる」というポジティブコメントが無い事がインターナショナル企業*2)から脱し切れていない状況が見て取れると思います。

多くの日系海外拠点外国籍スタッフと接してきた経験からいうと、これが優秀な外国籍スタッフが定着しにくい根本原因だと思います。投稿の最後でもう一度触れます。

*1) 社団法人 日本在外企業協会 「海外現地法人のグローバル経営化に関するアンケート調査」
*2) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 「グローバル人材マネジメントの現状と課題」

称賛に値するグローバル企業はどこか


自由記述をまとめた結果、上位30位(と記事にはありますが、トップ29?)の中に顔を出している日本企業は8位のトヨタと24位のソニー。1位から5位までの間にGoogle、Apple、Microsoft、IBMと4つも米国IT企業が名を連ねている。これは、ネットサーベイのためのバイアスが若干あると考えられる。

称賛される理由として、アメリカ企業と日本企業の差が表れているのが、アメリカは「優れたコーポレートブランディング」であるのが日本は「競争力のある製品とサービス」が1位になっている点だ。

記事には原因分析されていませんが、私の勝手な推測では日本企業はあくまでも「モノ創り」組織であり、アメリカ企業はビジネス組織だということの表れではないでしょうか。ここに、日本企業が取り組むべきポイントの2つ目があると感じました。

グローバル企業のマネージャーに求める資質


この項は、今回のサーベイで初めて行った調査だ。
グラフの中に記述されている10項目について、「非常に重要である」「重要である」「多少重要である」「関係ない」の4段階で評価してもらい、それぞれの項目で「非常に重要である」「重要である」を選んだ人の比率を表したものの回答者全員でみたものが下のグラフになる。
グローバル企業のマネージャーに求める資質

国別にみると、Integrityの重要性を軸に、4つのグループに分けられる。インドネシア・マレーシア・フィリッピン・シンガポールの4か国はいずれもIntegrityが1位、Competentが2位になっている。中国は独自のぱたーんを示し、Competentが1位となっています。インドは、CreativeとPerformance-consciousが上位を占めていますが、Integrity・Competent・Inspiring・Risk-takingが僅差で続いている。

タイは、Fair-mindedやForward-lookingが上位であり、Competentが重視されないなど、他国とは明らかに違う結果を示している。

この結果の日本企業への示唆を見るために、今回、日本企業で働きたい人・働きたくない人の別に、マネージャーに求める資質を集計してみたものが次のグラフになる。


日本企業で働きたい人・働きたくない人別マネージャーに求める資質

日本企業で働きたい人の方が高い数値を示しているのが、Integrity・Creativeであり、働きたくない人の方が高い数値を示しているのはCompetent・Inspiring・Caringである。勤労意欲とその人がマネージャーの資質に要求するものに関連があると仮定すると、前者は相対的に日本企業が持っている、後者は持っていない・かけていると認識されている可能性がある。


結論


冒頭で述べたとおり、これからの日本企業はアメリカ・ヨーロッパの多国籍企業および東南アジア・インドの優秀企業をベンチマークし、自らの働く場としての魅力を明確に定義し発信するエンプロイヤー・ブランディングに注力していく必要がある。

また本文では触れなかったが、MBA保持者の間ではインド企業の人気は高く、日本企業の人気は低い。優秀人材が注目する企業になっていくためには、さらにMBA保持者をもひきつけ、有効に活用できるような合理的な経営スタイルを導入することも重要であろう。


筆者情報

ジョブストリート・アジアンビジネスコンサルティング株式会社 代表取締役 菱垣 雄介
株式会社 ライトワークス グローバル人材サポート部 野口 昭彦
調査監修:早稲田大学ビジネススクール教授 大滝 令嗣

私見


途中「ですます」調と「である」調が混ざっていて読みにくかったかもしれません。「ですます」調は私のコメントです。

海外進出企業の人材に関しての悩みで良く聞くのは、次の2つです。

  • 人材が定着しない(特に優秀な人材)
  • スキルにミスマッチが生じることが多い
2番目の課題は1番目の課題を引き起こす要因とも捉えられるので、そういう観点で言うと課題は1つです。

グローバルキャリアパスの構築が重要


なぜ、優秀な人材が定着しないのか、皆さんはどう思われます?

多くの日本企業現地法人外国籍スタッフと話をした経験からいうと、「自分の将来に夢が持てないから」だと私は思います。特にMBAを取得しているような人たちから見ると、アメリカ・欧州企業は現地法人社長・重役のポジションだけでなく、リージョナル本社への登用、更にいうと本社または、他の地域での魅力的なポジションを得る機会が多くあります。日本企業にはそれが見えてこないのです。記事で言及しているエンプロイヤー・ブランディングを高めるためには、このようなキャリアパスを明確に設定する必要があると思います。

先の日本在外企業協会の調査結果を見ると、欧州・ロシアの外国籍社長比率は2010年で46%とあります。私がヨーロッパに駐在していた90年代は5%を切っていたことを考えると随分欧州では外国籍社長が増えています。しかし、在籍者全員に提示できるキャリアパスとそれを運営するための評価基準の整備は、この記事のサーベイ、日本在外企業協会の調査内容を見るとこれからだと思われます。

足元の制度整備から


グローバルキャリアパス構築・運用は、グループ全体で取り組む必要があり短期的な課題解決にはつながりません。であれば、現法レベルで直ぐにでも取り組める対応策が必要です。海外進出していて、Job Descriptionを用意していない企業は少ないと思います。無い場合は、至急作成する事をお勧めします。

Job Descriptionがあってもスキルミスマッチが発生している場合は、その中身の見直しが必要です。問題は、どの様に見直すかですが、スキルミスマッチが発生している原因を潰さないと意味がありません。

日本国内の場合、部門の責任範囲が代表的なものだけ明確になっていて、それ以外の仕事はスタッフの「自発的行為」によってカバーされていることが多々あります。外国人にはこれは通用しません。逆に言うと、日本人には「Job Descriptionに書かれていないからやらない」という外国籍スタッフは「言われた事しかやらない」という不満の対象にしかなりません。

このすれ違いを称してスキルミスマッチと言っているケースが多々見受けられます。以前の日本企業では終身雇用が保障されていたため、阿吽の呼吸で本来の役割でもないことをやることがひいては自分のメリットにもなっていました。海外ではその環境が無いのです。余談ですが、国内でも終身雇用は随分前に崩壊し、若手は外国人スタッフと同じような行動をとることが多くなっているのではないでしょうか。

では、どうするか?

大きく言うと2つのアプローチがあると思います。その一つは、Job Descriptionの詳細化です。部署間での抜け漏れが出ないような内容にするのですが、この際のコツは既存の部署の役割ではなく、現在の事業環境から本来あるべき機能を定義することです。全体像が定義出来たら、その内容を部署に割り当てます。こちらはいわば北風アプローチ。2~3ヶ月で実施できる短期施策です。

二つ目のアプローチは、南風アプローチでJob Descriptionが網羅的でなくても良い環境を作り上げることです。北風アプローチより、少し時間がかかりますが定着率を上げる効果は高いと思います。
ポイントだけお伝えすると、「なぜ」を伝えることです。「なぜ」この工程・業務は必要なのか、「なぜ」この品質が求められるのか等々。なぜとその背後にあるミッション≒責任を繰り返し伝えることで、「何を」が達成できない時には別の方法を取ってでも目的を達成することが出来るようになります。

いずれのアプローチにも、期間とキャリアパスの目標設定とその評価を行う評価制度を立ち上げ運用することでより制度の浸透を図ることが重要です。詳細は別の機会に投稿しますが、お急ぎの方は、こちらからお問い合わせください。 

今回は、8000人を超えるアジアホワイトカラーの調査を基にした記事をご紹介しました。ご意見、コメント頂けると嬉しいです。





2013年4月14日日曜日

海外進出を成功させる戦略その3 「裁定」 絶対的な経済価値を生むがリスクもある戦略

+水谷穣


今回は、「裁定」戦略についてです。
裁定戦略は、他の戦略とは次の点が他の戦略と違っています。

l 差異を活用する手段。差異を脅威ではなく、機会ととらえている。
l 規模の経済を追及するのではなく、絶対的な経済性を追求する。

他の戦略と違って直感的にわかり易いですが、一方で様々なリスクも包含しています。以前の投稿で紹介した、為替リスクなどがそれに当たります。絶対的な経済性を追求できる代わりに、大きなリスクを含んでいることがこの戦略の特徴かもしれません。それでは、内容をみていきましょう。

最も古いクロスボーダー戦略


歴史に残る貿易商の大半は、コストや入手可能性が場所によって極端に異なるぜいたく品を取引する事から始めました。例えば、香辛料。ヨーロッパでは当初インドの数百倍の価格で売れたことから、貿易が始まっています。北アメリカには豊富にあって入手が容易な毛皮や魚は大西洋貿易をもたらし、ついでにアメリカ大陸の植民地化につながりました。
このように、貿易は基本的に裁定戦略にそって始められているといえます。

現代では裁定が軽視されている


このような背景があるからか、現代の企業戦略では裁定戦略が軽視される傾向にあると教授は言います。しかし、この戦略がもたらす絶対的な経済規模は非常に大きく、非常に重要な戦略と言えます。

どのくらい軽視されているのか、一方でどんな絶対的経済性をもたらすのかを説明する例としていくつか挙げられた内のひとつとして、ウォルマートの例を紹介します。

ウォルマートの世界戦略を語るときよく取り上げられるのが,海外店舗ネットワークです。少し古い数字ですが(本書の刊行は2009年)、2006年には海外で2,200店舗が展開されていました。これらの店舗からの売り上げは会社全体の五分の一にあたる630億ドル、会社全体の六分の一にあたる33億ドルの営業利益をあげています。

あまり取り上げられていない事実として、ウォルマートが世界各地からの仕入れ品、特に中国からの仕入れに力を入れており2004年には直接180億ドルの商品を仕入れています。この数字には、納入業者が中国から仕入れている金額は含んでいません。

この金額のインパクトは非常に大きく、試算すると30億ドルの費用削減にあたり、ほぼ全海外店舗の営業利益に匹敵する額になります。
更に、教授が行ったウォルマート店舗サンプル調査の結果では、仕入全体のうち、直接・間接を含む中国製品の商品はこの数字の2-3倍に上ると見られています。総合すると中国からの仕入れによる費用削減は、海外店舗の営業利益よりもかなり大きい事がわかります。

5つの思い込み


それでは、なぜ現代の企業戦略上「裁定」が軽視されがちなのでしょう。教授は5つの思い込みとそれに対する反証をあげています。

一つ目の思い込み。後進的だという感覚 ⇔ 反証:ウォルマートの例で現代でも十分効果がある。

二つ目は、競争優位に与える機会は限定的 ⇔ 反証:例えばアメリカと中国の労働コストの差は、急激に縮まっているとはいえ今後数十年は(教授の弁)及ばない。

三つ目は、二つ目と関係しますが裁定による収益拡大は極めて限定的 ⇔ 反証:ウォルマート。もう一つの例としてタタ・コンサルタンシー・サービシーズは売上高成長率で30%超で達成しつつ、投下資本利益率は平均100%を超えている

四つ目は政治的に危ういこと。

五つ目は経済性だけに議論が集中しがち。他の要素についても視野を広げる必要がある。

裁定の要素には様々なものがある


五つ目の思い込みにあるように、裁定の議論の多くは新興市場の労働集約的な製品またはサービスを先進国で販売する事に集中しています。日本の製造業が製造原価の平均25%をしめる人件費を削減するために、安い労働力をもとめて新興国に工場を建設したがるのはこれにあたります。

しかし、裁定の要素には以前紹介したCAGEすべてに当てはまり、これ等も考慮することが大事だというのが教授の主張です。

【文化的な裁定の例】


フランスのブランド、オートクチュール、香水、ワイン、食品があります。これらは、高級路線のものですが、庶民的な製品やサービスにも適用されておりその一つの例が世界で圧倒的な地位を確立しているアメリカのファーストフードチェーンです。

アメリカのファーストフードチェーンは、1990年代終盤には世界のファーストフード大手30社のうち27社を占め、世界のファーストフード売り上げの60%を占めていました。これらの会社は、食事と共にアメリカらしさの片りんを見せることで、アメリカのポップカルチャーを世界に提供しています。

【制度的な裁定の例】


国ごとの法的、制度的、政治的な差異は、文化的な差異とは別の側面で戦略的な最低の機会を提供します。一番わかり易い例は税制の差異です。

日本でもタックスフリーの香港、シンガポールなどに本社を設置する例がちらほら出てきました。本書では、ルパート・マードックのニューズ・コーポレーションの例を挙げています。同社では主として事業を行っている3か国、イギリス、アメリカ、オーストラリアの法定税率が30%から36%なのに対し、同社が1990年代を通して支払った法人税は10%に満たないそうです。これは、アメリカで買収した組織をケイマン籍の持ち株会社の傘下に置くことで実現しているものです。 

(2013年7月5日追記)

最近では、アップル、アマゾン等の企業が制度的な裁定を利用して課税逃れをしているとの非難が相次いでいます。国にとって国際的な企業を誘致する策として法人税低減があります。日本でもその議論が出ていますが、20%以下になると低税率国とみなされ、逆に多くの税金を払う状況にもなりえるので要注意です。(日経ビジネス:英国の法人税率引き下げが増税につながる?

【地理的な裁定の例】


航空輸送は、1930年と比較するとその実質コストの低下は90%超になり、同じ期間の他の輸送手段でのコスト低下と比べるとはるかに大きなものになっています。これを地理的な裁定の機会に利用した例として、オランダのアルスメールにある国際生花市場をあげています。この市場では、日々2000万本の花、200万株の植物がセリに掛けられていて、欧米の顧客が、例えばコロンビアから同日に空輸された花を買っています。 

【経済的な裁定の例】


ある意味、裁定戦略はすべて「経済的」といえますが、ここでは他の要素「CAG」から直接得られるのではない経済的な裁定の追及という意味で用いています。関連する要素には、労働・資本コストや業界特有のインプット(例えば知識)のバラつきに基づく差異、補完製品の有無が含まれます。
日本の製造業は新興国に工場を設置することでこの戦略を取っていますが、ベクトルが逆の例が紹介されています。

ブラジルのエンブラエルは短距離ジェット機の世界2大メーカーの一つです。同社の従業員一人あたりのコストは2002年には26千ドルで、カナダのモントリオールに本社のあるライバル企業ボンバルディアは63千ドルです。エンブラエルがボンバルディアと同じコストをかけていたら、同社の売上高営業利益率は21%から7%に低下し、最終利益は赤字かもしれませんでした。

これ等の例のように裁定の基盤はCAGEそれぞれが成りえます。基盤よりも更に裁定戦略の種類は多く、本書では裁定の考えをさらに拡張すべく幾つかの例を挙げていますので、参照ください。


裁定の分析



これまで紹介してきたように、裁定戦略は多様なので、分析手法も一通りではありません。ADDING価値スコアカードを使って具体的な注意事項を提示しています。本書には全ての要素について記述されていますがそのうちの一部をご紹介します。

【D コストの削減】


最もよく挙げられるのがコスト削減です。上述した様に、日本の製造業が海外生産拠点を設置する理由の多くが安い労働力を確保するためだと思われます。
コストの削減を紹介する理由は、ここには大きなリスクを孕んでいるからです。

例えば、一時的なものでしかない相対的なコストの低さに注目することです。ベトナムで実際起こっていましたが、中国のカントリーリスクへの対応のために製造業が2006年頃一気に進出しました。初期段階では、賃金も低かったのですが多くの企業が一斉に求人をしたために、1年もたたないうちにあっという間に人件費が暴騰してしまいました。

その他の例として、変動する為替レートや生産性への格差への対応に失敗するケースが挙げられます。為替レートの変動リスクに関しては、以前の投稿に記述しているので、こちらもご覧ください。

本では紹介されていませんが、他のリスクとして、新興国の道路、電力、水道、船便の数・方面などサプライチェーン上の制約になりえるものが多々あります。これらの要素が、それぞれ在庫を押し上げる最大の要素であるリードタイムに大きなインパクトを与え、キャッシュフローだけではなく営業利益にも影響を与えることを考えると、見かけの相対的コストの低さにだけ注目するのは大きなリスクを抱えることが理解できると思います。

【N リスクの平準化】


“裁定は市場リスクとそれ以外のリスクの両方を含む、様々なリスクにさらされている・・・利豊(ダウンジャケットの主原料であるダウンをパキスタンから仕入れることで収益を上げていた)のネットワークは、そういうリスクにどうやって対処するかについて様々な切り口を提供している。911日のニューヨークテロ事件の後、利豊は納期に敏感な事業について、取引の相手をパキスタンから政治的に安全な国に変更した。それにかかった時間は3週間弱だったといわれている。利豊は、もっと長い時間軸での変化、たとえば為替レート(筆者注:アベノミクスによる為替変動をみるとその変化は短期に急激に発生することが多い。個人的にダメージを受けたのは90年の湾岸戦争ぼっ発)の変動などへの対応策でもこうした大胆な裁定を行っているに違いない。”

裁定の管理


裁定の管理には様々な課題があります。裁定が孕むリスクには政治的リスク・市場リスクなどがあるが、注意すべき点はほかにもある。市場での価格や、コストの差異よりも、裁定戦略がどれだけ持続できるものかという点と、裁定戦略が企業レベルの経営資源、特に経営能力にどれだけ影響されるかという点です。

例えば、タタ・コンサルタンシーのモデルは今やインドのソフトウェア輸出に関わる全ての企業が採用しています。その結果、インドのソフトウェア開発労働コストは急騰しました。具体的に言うと1989年から2006年の間に社員一人あたりの費用は3倍以上になっています。しかし、売上高は4倍になり、その結果社員一人あたりの利益は何倍にもなっています。

これは、業務のオフショア化に加え、この期間に大規模でより複雑なプロジェクト獲得や社員一人あたりの実入りが高いプロジェクトにその対象を移していった結果です。
これは、言うほど簡単な行為ではありません。なぜなら、ITのプロジェクトには常にリスクが内在されており、その複雑性・付加価値性が高まるにつれその内容は高度化・複雑化していきます。また、技術革新が速い業界でもあり、この要素から失敗するリスクも少なくありません。これは何を意味するかというと、プロジェクトの採算割れが発生するリスクを常に抱えていると言う事です。

これに立ち向かうにはまず、経営の強い意志が必要であり、次に継続的かつ組織的なリスク対応能力向上が必要になってきます。
事実、私が勤めていた某IT企業では、経営陣の「リスクのある新しい・未経験領域のプロジェクトは受注するな」という采配のおかげで一時は技術力が高いと評価を得ていたのに、顧客にとって魅力のある提案が全くできない企業にあっという間になってしまいました。

まとめると、裁定戦略は絶対的な経済価値を生み出すもので、その要素は多岐にわたっています。効果的に実践するためには、企業としてのコミットメントが重要になります。しかし、全てにコミットメントするのは難しいため、どの要素を採用するのか、更にいうと他の戦略も含めた取捨選択が必要です。

御社の海外戦略が「裁定」を軸にしたものであれば、その内容を再度分析し、リスクに対してどのような対応策を講じているのか、一度分析してみてはいかがでしょうか。

3回にわたり、クロスボーダーで取りえる3つのAAA戦略「適応」「集約」、「裁定」の内容を紹介してきました。これらは、単独で採用することも可能ですが、企業が置かれた環境によっては組み合わせることで、更に効果を創出することも可能です。一方で、全てをやり続けるのは複雑化しすぎてしまい、やりきることが難しいため、得策ではありません。次回は、AAA戦略をどの程度組み合わせて使うことが出来るかを論じた七章を紹介します。


2013年4月6日土曜日

海外進出を成功させる戦略その2 「集約」 コークの味は国ごとに違うべきかから


今回は、集約戦略についてです。

この戦略は、国ごとの規模の経済よりも大きな規模の経済を作ることが目的です。第五章の冒頭に次のように定義しています。

集約戦略の定義


“集約は、国ごとと世界全体の中間のレベルで展開するクロスボーダーのメカニズムを発見し、実践しようとするものである。そして、通常は会社の経営者や現地の実働部隊だけは無く、会社内部の中間層がかかわっている。集約は組織の上級中間管理職に大いに依存するものと捉えるべきだ。国ごとの類似点を一般的な適応戦略よりも深く、しかし完全な標準化ほど深くはなく追及するのが集約の目的である。鍵となるのは、第二章で強調した差異の違いという考え方である。物事を集約することによって得られるものが非常に大きく、集約でできるグループ内での差異はグループ間の際に比べれば小さい。”

地域の重要性


グルーピングの枠組みとしてはCAGEすべてが対象となりますが、この章では特に地理的な要素である地域について深く掘り下げています。理由は、国際貿易の中で地域内での貿易が占める割合が増えてきているからです。具体的には、1958年のアジア・アオセアニア地区での地域内の国同士の貿易は35%でした。これが2003年には54%に拡大しているそうです(出典:国連、国際貿易統計年鑑)過去の推移はヨーロッパ、アメリカ大陸でそれぞれ違いますが、50%を超えているのは同じです。

また、アラン・ラグマンとアラン・ヴェルベクの分析によれば、フォーチューン・グローバル500社の中でデータが入手できた366社のうち、2001年に売上高の50%以上を地域内であげた会社の割合は88%で、このサブグループでは、地域内の売上高が占める割合は平均80%に上っているそうです。

地域化の例としてトヨタを取り上げています。
地域戦略には次の6つがあり、トヨタの1980年代からの発展にはそのすべてが登場するのがその理由です。
海外展開における地域戦略の基本形

地域戦略の基本形と事例をまとめました。

基本類型
内容
事例
採用理由
1.地域か本国か
地域の絞り込み。基本的にはここからスタート
サムスンのメモリーチップ事業。研究開発と生産拠点の大半を韓国に集約
輸送費売上高比率が低いため、研究開発と生産の間の迅速なフィードバックを可能にすることが地域分散に勝る。
低価格ファッション衣料チェーンザラ。商品の生産をスペイン北西部で行い、西ヨーロッパ市場に供給
デザインから市場投入までのリードタイムを2-4週間にできることで、流行への迅速な対応が出来る。流行が去った後の値下げ販売を最小限に抑える
2.地域ポートフォリオ
複数の地域でそれぞれ独立した事業を行う
トヨタの1980年代北米進出
成長オプションの獲得とリスク軽減
海外市場にアクセスするために必要
GEによるヨーロッパ部門強化
自前の成長ではなく買収による地域ブレゼンスの確立によるリスク低減
3.地域ハブ
大前研一提唱「トライアド戦略」
ハブから各国に各種経営資源を提供
デル
注文生産という独自のビジネスモデルで流通障壁を回避。北米での成功の後、他地域でも業界首位に立とうとする戦略に移行
4.地域での規格化
地域間で固定費を共有
トヨタの全世界での基本規格数削減
設計コスト、技術、管理、調達、操業などの面でより大きな規模の経済追求
5.地域への委任
特定の製品供給を地域に委任
特定の役割を地域に課す
トヨタ:グローバル(アメリカ以外)ピックアップトラック用エンジン、マニュアルトランスミッション供給をアジア各地の工場から行う
規模の経済に加え、特化の経済を得るため
6.地域ネットワーク
別々の地域にある経営資源に作業を振り分け、同時に経営資源の統合を行う
トヨタ
別々の地域間で過度な特殊化と柔軟性不足を回避しつつ補完を達成する


地域化の可能性を探る診断


地域化でメリットが出るかどうかの簡易診断方法が紹介されています。引用しようと思ったのですが、著作権侵害になりそうなので、一部だけ紹介します。

診断方法としては、「会社の足跡」、「会社の戦略」、「国のつながり」、「競争への配慮」それぞれの切り口で2問づつ合計8問に回答し、合計点がプラスなら地域レベルでの戦略が非常に有効だとしています。それぞれの問いにはabc3つの選択肢が用意されa-1b0c+1になっています。

例えば、事業を行っている国の数 a) 1~5か国、b)6~15か国、c)15か国超となっています。

これを見ると、クロスボーダーの集約でメリットが出る規模は相当大きなものの様です。

CAGEの枠組みの他の要素による集約

地理以外の要素としてまず、考えられるのが文化的集約です。もっと端的に言えば言語での集約があります。そのほかに制度面での集約として調達手続きや慣習が似ている英連邦や、経済的な集約として先進国と新興国を分けるなどがあります。

さらに、販売経路、顧客の業種、グローバル顧客管理、そして最も多いのが事業内容による集約があります。

余談ですが日本が少し特異だと思われるのは、事業内容による集約が機能と組み合わされていることです。例えば製品群で事業部が構成されている企業は多くありますが、製造までにその範囲が限定されており、販売は別組織になっている企業が多いのではないでしょうか。これが、日本の製造業がプロダクトアウト思考からどうしても抜け出せない根本原因だと思います。

集約戦略の注意点


集約の基盤は地域だけではなく、様々な形での国とグローバルなレベルの中間に位置する戦略が可能になります。戦略を適応するうえで次の4つが注意点になります。

1) 集約することで組織が縦割りになり、様々な機能が妨げられるリスクがある
2) 集約は組織を複雑にする傾向がある。
3) 集約の切り口は多い一方で全ての面で集約を実現するのは一般的に不可能。従って何による集約を行うかの選択が必要になる。
4) 集約の基盤を構築するためには数年かかる。そのためその基盤を頻繁に変更すると最悪の結果をもたらす。

集約の切り口選択を行う上での分析を、先に紹介したADDING価値スコアカードを活用することで、抜けもれなく行うことができます。

事例としてタタ・コンサルタンシー・サービシズがラテンアメリカの地域デリバリーセンターを開設するかどうかの意思決定の例を249ページに紹介しています。この例では、コスト水準がインドより高い事が問題でした。しかし、ラテンアメリカの拠点が必要な大型グローバル案件のへの対応、「統一のグローバル・サービス標準」を提供する会社としての地位確立に寄与することが分析の結果明確になり拠点設置の判断を行ったとのことです。

集約の管理

様々な企業がこの集約戦略を採用しています。上述したように、集約の切り口は様々であり、それがためどの様に管理するかが重要になります。ポイントとしては6つです。

1) 注意点に記述したように、集約は組織が複雑になる傾向があるが、そこから発生する問題の解決を組織構造に求めるのは間違いである
2) どの切り口で集約するかは、検討を重ねた合理的な根拠に基づいて決定するべきである
3) 複数の切り口による集約を追及する場合には優先順位を設定する
4) 集約のアプローチを選択する際には、本質に踏み込んで分析する必要がある
5) その際には、競合、市場の動きなどの外部環境分析も必要である。
6) 集約の基準を選ぶ際の最も有力な尺度は、クロスボーダーで事業展開を行うに当たり目標とする比較優位を拡大できるかにある。これを実現するには長期での取り組みが必要で、組織変更は緊急時に限るべきである。

要は、長期的に取り組む必要があるので集約を行う際は詳細な分析を行ったうえで実行し、一旦実行し始めたらその軸をぶらさないことが必要と言う事ですね。

海外進出を成功させる戦略その2として集約を今回は紹介しました。

本書ではクロスボーダーの戦略として紹介されていますが、国内のビジネスでも複数の事業がまとまってグループを形成している場合には有効な戦略だと思います。

最後に、筆者が見聞きした国内での集約戦略の例を紹介します。

◆ バックオフィス業務のシェアードサービス化

全国に30拠点展開している企業が、それぞれの拠点で行っていた書類のハンドリング業務を1か所にアウトソーシングし集約。5%程度の収益改善を実現。

◆ 地域アフターサービスパーツセンターの設置

複数の輸送機器メーカーが販売会社単位に在庫されていたパーツを多段階に集約。在庫金額を50%削減。

◆ コールセンター

業務毎にバラバラだったコールセンターを1か所に集約

この中で、パーツ在庫の集約はキャッシュフロー改善に相当な効果をもたらしています。一方でサービスレベルの維持が顧客満足度に直結するために、実行するにはどうやってサービスレベルを担保するかの詳細な検討が必要になります。

このために、パーツを集約している企業はサービスレベルの維持と、需要の頻度を天秤にかけて多段階(分散して持つもの、地域に集約するもの、全国で1か所に集約するものに分ける)に集約しています。

御社でも集約戦略が有効かどうか是非検討してみてください。
次回は3つ目の戦略「裁定」の内容を紹介します。