2013年6月19日水曜日

海外進出のリスクを抑える33の戦略 (3)


2回にわたって固定費カテゴリーに含まれる11のリスク対応戦略について記述してきました。今回は2つ目のカテゴリー、人材から4番目のカテゴリー為替に含まれる11の対応戦略を紹介します。

前回までの投稿はこちらをご覧ください。


人材カテゴリーでのリスク要素は、離職率の高さです。これに対応する戦略は4つです。以前に投稿した「8000人以上のアジア人財へのアンケート結果に基づくアジアにおける企業の国別人気度調査から」でディスカッションしましたが、なぜ離職率が高いかを分析してみると、スキルミスマッチがその要因として挙げられています。


2.1.1 海外向け職務要件の明確化



スキルミスマッチを防ぐ手立てとして、海外で雇用を行う際に日本人とはプロトコルの違う外国人にも明確に理解してもらえるJob Description (職務要件定義書)を用意する必要があります。


職務要件定義書の作成と評価の全体像
外国人にも明確に理解して貰える職務要件定義書を用意する際の、推奨ステップを紹介します。

1) まず、会社全体(進出拠点)のミッションを明確にします。


このために、次の4つの作業を行います。このステップを通して、それぞれの組織が果たす役割、それを遂行するための権限、組織が連携するために必要な情報の内容(何を誰が用意するか)と必要なタイミングが明確になります。


A)   戦略的なゴールの設定:何を、いつまでに実現するかを記述。
B)   理由の明確化:なぜ、そのゴールを達成したいかを記述。
C)   組織機能の明確化:ゴールを達成するために必要な機能とそれぞれの役割・権限を記述。
D)   実現ロジックの設定:組織機能がどの様に連携してゴールを達成するかを記述。


2) 同じステップを踏み、各組織に於いてのミッション、役割権限を明確化します。



各組織のミッションには組織としてのゴール、なぜそのゴールを達成する必要があるのか、ゴールを達成するために必要な構成人員(マネージャー、スーパーバイザー、メンバー等)と各々の役割・権限、それぞれの人員がどの様に連携するかを明確にします。


3) 各ポジションの職務要件定義書作成



上記の作業を通して整理・記述した内容をそれぞれのポジションごとにまとめた物が職務要件定義書になります。ここまで準備できれば、「行間」を読む必要が無くなります。また、なぜ記述されている業務が必要なのか明確になっているので、その業務が実行できなかった時に、代わりに何をすべきなのかを各人が考えるように促すことが可能になります。


更に、戦略的ゴールを達成するために必要な事柄が全て明確になっているので、目標管理及び目標達成への貢献度評価も理解しやすくなります。


半期または年度での目標を設定し、それぞれの期間でフィードバックすることで、組織への浸透を図ります。ボーナス支給の基準に流用することも可能です。



2.1.2 海外でのキャリアパス明確化




高業績者の行動特性を分析することで、組織に貢献する人を採用するコンピテンシー採用を以前紹介しました。この考え方を採用プロセスに導入することがキャリアパス明確化の最初のステップになります。


次に、拠点内でのキャリアパス明確化には、上述の職務要件定義が活用できます。それぞれのポジションでのやるべき事(なぜ、何を、いつまでに、どのようにして)が明確に記述されているので、キャリア指導、昇進の判断にも客観性をもたらすことが出来るようになります。


更に、MBA保持者や学位保持者を採用しかつ離職しないで活躍してもらうためには、拠点にとどまらないキャリアパス明確化が必要になってきます。なぜなら、これらの高学歴者を採用する上での競合は日本企業ではなく進出先国の一流企業や外国籍企業になり、これ等の企業は少なくとも地域での職務ポジションをそのキャリアパスに組み込んでいる場合が多いからです。


野心的な高学歴者にとって、より難度の高い仕事をこなすことが自己実現につながります。優秀な人間ほど多くのオファーを受け取るのは、どの国においても変わりはありません。より高度なチャレンジを提供できる環境を用意する事が、高学歴者の定着率を高めるポイントです。


2.1.3 シェアードサービス・アウトソース化



この対応策の狙いは、「人材が定着化しないのであれば、定着しなくても業務が遂行できるようにする仕掛けを用意する。」ことにあります。特に人事、経理、購買など間接業務または集約させた方が効果が出る業務に関しては、国をまたがって業務遂行する組織(シェアードサービス)を日本国内に立ち上げることで、人材流出からくるリスクを低減することが可能になります。


更に、これ等の業務のうち企業にとって競争優位を生まないものに関しては、業務委託(アウトソース)を行う事リスク削減だけでなく費用低減効果も期待できます。


国によっては、国外で実施できない業務を規定している国もあるので、検討段階での情報収集は徹底してください。



2.1.4 営業プロセス可視化



優良顧客創出営業プロセス全体像
優良顧客創出営業プロセス全体像
この対応策は、営業人員が離職した際に顧客が流出するリスクを低減することを目的としています。


直接的には、顧客との過去のやり取り情報などをデータベース化しておくことで、後任者への情報希釈化を防ぐ効果があります。



更に、優良顧客(継続的に自社製品を購入し、かつ購入金額も大きい)を増加させるプロセス運用を組織立って行う事で、顧客の自社へのロイヤリティーを高め、直接のコンタクトである営業人員が離職したとしても顧客の離脱を防ぐ効果があります。


3.1.1 代理店設置を含むアライアンス



リスクカテゴリー3の顧客ベースに関しての対応策です。海外進出では事情を明確に把握でいていない環境で顧客ベースをゼロから造り上げていく必要があります。一つ目のリスク要素としては、販売チャネル構築です。


販売チャネル構築が上手にいかないリスクに対しての対応策の一つ目は進出先の事情に通じた、代理店設置または現地企業とのアライアンスを行う事になります。


製品としての適応があまり必要でないもので且つ、自社の製品と補完関係にある企業、または補完関係の商品を扱っている販売チャネルと業務提携関係を結ぶことが出来れば、早期に網羅的に販売網を構築することが期待できます。


一方で、CAGE差異から適応が必要な製品の場合、進出先の情報からどうして距離が生まれてしまい、必要な適応を適宜行う事が難しくなるリスクもはらんでいます。


直接販売網を構築するかアライアンスを選択するかは、CAGE分析とADDING価値分析を行い総合的に判断する事をお勧めします。


3.1.2 M&A



販売チャネルでの二つ目の対応策はM&Aです。1.4.4で工場設置の際の対応策としてM&Aに関する注意点をディスカッションしています。


販売チャネル構築リスクへの対応策の一つとして挙げましたが、M&Aそのものに大きなリスクが内在するので、この策を採用する際には総合的に判断する必要があります。



3.2.1 営業プロセス可視化 → 適応



製品によっては、CAGE差異を埋める「適応」を行わないと売れないモノがあります。特に、消費者の嗜好が文化に深く根ざしている食品や耐久消費財でも生活習慣によって評価基準が違うものには必ずオリジナルになった製品に進出国の嗜好に合う適応を行う必要があります。


適応実験の舞台
この対応策の最初のステップとして、進出前の検討段階においてこちらの投稿で紹介した適応への「実験」を行う事をお勧めします。


この実験を実施することで、本格的な事業立ち上げ前にかなりの精度の適応仮説を立てることが可能になると共に、優良顧客を増やすプロセスでの対応策構築にも有用な情報が収集できます。


適応が有効な製品を海外で売り続けるには、製品開発プロセスにまで迅速にフィードバックが行われ、短期間で適応を実施する必要があります。理想的なのは、製品開発プロセスも含めた進出を行う事です。しかし、製品開発プロセスまで含めた進出をいきなり行うには製品によってはリスクが大きすぎる場合があります。


この場合には、最低限市場の声が組織内部に客観的に取り込まれる仕掛けの構築が必要になります。


上述した様に、営業プロセスの可視化は優良顧客すなわち自社の熱狂的なファンを作り上げることを目的としています。この過程では、営業部門だけではなく、全社的に顧客の声を吸い上げる仕掛けが構築する必要があります。


この仕掛けを構築運営することで、直接的な顧客の声を本社も含めた共通の尺度で収集することが可能になり、適応に対する度合い及びスピードを向上させることが可能になります。


4.1.1 契約条項見直し


チャート
為替チャート 出所:ロイター




四つ目のリスクカテゴリーは為替です。アベノミクス以降の対ドルレートの変動は極端な動きと言われますが、この為替チャートを見ても分かるように、為替には変動リスクがあります。


自らがコントロールできない外的要因で発生し、かつ急激な変動がおこるため海外進出する際に一番大きなリスクと言っても過言ではありません。


このリスクへの最初の対応策が取引通貨を決める契約条項をリスク低減できるように見直すことです。但し、為替レートの変動は必ず取引の当事者どちらかに不利益をもたらすことになります。


従って、長期的な取引関係を望む場合には不向きだと思われます。


4.1.2 各種リスクヘッジ



次の対応策は為替の変動が起こっても、可能な限り自社の業績に影響が及ばないようにするリスクヘッジを行う事です。


その一つには、予算策定時に設定する社内レートを保守的に設定することがあります。計画収益を確保するためのヘッジにはなりますが、実際には損が発生する場合もあるので消極的な策と言えます。


実際に収益を確定させるためには、取引発生時に為替予約をするなどがあります。グローバル企業の例も紹介しているので、こちらの投稿を参照ください。


4.1.3 多国展開



11の関係だと、必ずどちらかが不利益を被るのが為替リスクです。であれば、それを相殺させるような複数の国へ展開してしまおうというのがこの策の狙いです。


景気の変動も含めてリスクを分散させることが可能な一方、一般的には地理的に近いと、同じような影響を受ける傾向があります。


地理的に遠いと言う事は、CAGE差異が大きな国へ進出する事になります。この場合の進出は別のリスクを生むことになるので、総合的な判断が必要になります。


対応策の可能性として三つ用意しましたが、社内レートをその時の状況に於いて保守的に設定し、適宜必要な範囲で為替予約などのヘッジをかけることが現実的な対応策だと思われます。


次回は、CAGE差異に対しての対応戦略11を紹介します。






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